杉野 太亮 (一般財団法人 神戸市地域医療振興財団 西神戸医療センター)
杉野 太亮
一般財団法人 神戸市地域医療振興財団 西神戸医療センター
平成27年8月17日~平成27年8月30日
(医療法人医理会 柿添病院)

 私は8月17日から30日の2週間、地域医療研修を柿添病院でさせていただきました。環境を変えるのが苦手な私にとって、2週間の間、遠く離れた地で生活を送ることにまず不安を抱いていました。ましてやそこで患者さんに医療を提供するなんて本当にできるのか、馴染めないまま2週間が終わってしまうのではないか、とソワソワしながら研修の前日は眠りに就きました。
 しかしそのような不安も杞憂でした。柿添病院で働かれている先生、看護師、コメディカル、その他スタッフの方々が、右も左もわからない私を優しく迎えてくださり、また、同時期に一緒に柿添病院に来ていた優しい九大の先生、ノリの良い同期にも恵まれ、研修初日にそれらの不安はすぐになくなりました。
 初日から開放骨折患者さんのドクターヘリまでの搬送に同行させていただきました。私が働いている西神戸医療センターは二次救急指定病院であり、多発外傷や重度熱傷といった三次救急対象の疾患は、わが病院を経由せず、直接近隣の三次救急指定病院に搬送されるため、滅多に目にすることはありません。またドクターヘリも恥ずかしながらテレビでしか見たことがありませんでした。柿添病院に搬送されてからものの数分でヘリポートに搬送される様子にただただ呆気にとられるばかりでしたが、救急隊からの連絡が直接電話あるいはメールで入り、それも事故現場や受傷部位の写真も送られてくるため、搬送前に視覚的に患者さんの状況を把握できていたからだという事実を知り、そういった病院間及び救急隊との密接な連携こそが平戸の地域医療を滞りなく円滑に支えているのだと実感しました。
 また、訪問診療、訪問リハビリにも同行させていただく機会を設けていただきました。そこで強く感じたのは、患者さん一人一人の診療及びリハビリにかける時間の長さです。病状の話から世間話まで、ゆっくり話を聞いてあげることで患者さんとの距離も縮まり、「患者と医療従事者」という関係以上に「人と人」の間の強い信頼関係を感じました。それが、せわしなく次から次へと患者を「さばく」都市部の診療しか経験したことのない私にとって非常に新鮮であり、今後の診療に生かしていこうと思える点でした。 
 九州さらには平戸ならではの疾患を診る機会にも恵まれました。その中でも印象的なのがHTLV-1関連脊髄症(HAM)です。患者は西日本を中心にHTLV-1感染者の多い九州、四国、沖縄に多いとされており、実際神戸で働いている私は診たことがありませんでした。HAMはHTLV-1のキャリアにみいだされた慢性進行性の痙性脊髄麻痺を示す一群として、1986年に日本から提唱された疾患単位であり、重症例では両下肢の完全麻痺と体幹部の筋力低下により座位が保てなくなり、寝たきりとなる例もあります。度島での訪問リハで同行させていただいた患者さんは40代でほぼ寝たきりになり、在宅でのリハビリに励んでおられました。他のへき地・離島医療を経験したことはありませんが、平戸、特に柿添病院は訪問診療、訪問看護、訪問リハに精力的に取り組んでおり、在宅療養を希望する患者・家族にとって、離島であってもこれらの医療行為を定期的に受けられるのはとても有難いことなのだろうと思いました。
 マンパワーや医療機器など限られた医療資源の中で働くときに求められているのは、専門性ではなく、「総合診療医」しての力です。柿添病院の先生方は皆専門をもっていながらも、受診された患者さんの主訴に関わらず全て診ておられました。「僕は○○科じゃないので…」という言い訳は通用せず、また「明日専門の先生に診てもらってください」と簡単には言えません。今勤務中の病院は自分も含め、専門分野でないとすぐに他科の先生にコンサルトする傾向があります。もちろん仕事の効率化のためにはそれが好ましい場面もあります。ですが、そのような環境に慣れてしまうと、地域に根付いた小規模な病院で働くことになったときに必ず苦戦すると思います。そのことに研修医の間に気が付くことができたことは自身のキャリアにとって大きな収穫でした。
 平戸市は「ふるさと納税」寄付額第1位と伺っていましたが、実際に足を踏み入れて納得でした。豊かな自然と澄んだ空気に包まれ、歴史も深く、また口にするもの全てが美味しく、本当に魅力のあふれる所でした。90歳とは思えないような健康な老人をたくさん目にしましたが、それもこのような風土の賜物なのだと感じました。
 たった2週間とは思えないほど充実した研修をプログラムしていただいた柿添三郎先生・由美子先生をはじめ、常に温かく、優しく接してくださった柿添病院のスタッフには感謝してもしきれません。柿添病院で学んだ事を今後自身の医療人生に生かし、少しでも地域の医療に還元していければと思います。
 2週間という短い間でしたが、大変お世話になりました。本当にありがとうございました。

杉野太亮