坂井 壮一 (東京大学医学部附属病院)
坂井 壮一
東京大学医学部附属病院
平成31年4月1日~平成31年4月26日
(医療法人医理会 柿添病院)

 地域医療研修の場所を希望する際、東大病院には様々な選択肢がありました。その中でも長崎という土地はかなりの遠距離にあり、ふらっと訪れることはほぼあり得ない土地でありました。普段あまり旅行など行かないため、地域医療研修という機会を生かし、なるべく遠くへ行きたいと考えていた自分が、長崎という土地を選んだことは、非常に合理的でありました。東大病院では、研修病院の指定まではなかなかできない中、平戸の柿添病院で研修することになり、そこで色々な方と出会ったことは何か縁があったと言わざるを得ないでしょう。恥ずかしながら、平戸という地名をこの研修が始まるまで存じませんでした。東京から平戸という、想像以上に長い道のりを経て、実際に足を踏み入れてみると、そこには想像以上に多くのものがありました。南蛮貿易開始の土地として、それに恥じない街並みと、それを見下ろす立派な城。あちこちに歴史的建造物が残存しており、とても風情がありました。また、そこに住む人々も優しく、想像以上に整った環境に心躍ったのは記憶に新しいものであります。
 地域医療でまず驚いたのは、目の前の患者を取り敢えず助けなければならない、ということです。勤務初日にいきなり当直となった私ですが、大動脈解離疑いの患者がくるなどバタバタしていた時です。離島から心窩部痛、呼吸困難で救急要請となった人がくるという連絡が入ったのです。当時、循環器を専門としている人はおらず、二次救急病院であったため、CPAになったときには十分対応ができるとは限りません。個人的には流石に取らないのではないかと思っていました。しかし3次病院は佐世保にしかなく、一番近いところで40分程度かかります。CPAの患者を40分胸骨圧迫で繋げるのはかなり無理があります。病院の診療部長が、受け入れるという決断をし、実際に挿管、胸骨圧迫でROSCしました。都会であれば、確実に取らない、取れないような患者でもつべこべいうことが出来ない状況にあるのだ、ということを強く認識しました。この患者は他の近くの病院のかかりつけでありましたが、その病院は断られていました。地域にあっても地域を支える病院というのは思っている以上に少ないのではないかと推察せざるをえませんでした。
 次に総合診療医を目の当たりにしてその守備範囲の広さに脱帽しました。都市部の大きな病院では専門の先生が一通り揃っており、総合的な診療ができるというのはその専門医に繋ぐまでの役割しか担っていませんでした。しかし、地域では専門医がいるとは限らない状況が多々あります。広く浅くではなく、広く深い知識が地域医療では求められるのだと痛感しました。
 地域で医者をやっていると、最新の知見から遠ざかってしまったり、教えてくれる人がおらず、学問的に停滞してしまったりしてしまうような気がしますが、先生方は積極的に各地で行われるセミナー、学会、勉強会に積極的に参加しており、常に勉強を欠かしておりません。また、週に数回開かれる勉強会は医師の知識を共有するとともに、知見を深め、医療のレベルを維持しているように感じました。大学病院に帰っても、周りの人間を誘って継続してみたいと感じました。
 地域医療研修では、簡単なものでありますが外来も任せていただきました、最初は不安も大きくあまり好きではなかったのですが、繰り返していくうちに、患者さんと仲良くなっていき、徐々に楽しみになりました。平戸の皆さんの優しさにもだいぶ助けられていたと思います。他にも訪問診療や訪問リハビリなども見学しました。僻地ならではと言える、交通の便の悪さから外来に来ることができない、人手が足りないといった諸問題に対して工夫して対応していらっしゃるのが印象的でした。健康診断や検案といった普段経験しないようなことも経験させていただき、とても貴重な体験となりました。
 短い医師生活の中で、小さな病院ではたらくということは、初めてといっても過言ではない経験でありました。病院といえば、すべての診療科が揃っている綺麗で大きなものを想像しがちでありますが、日本の医療を支えているのはそのような華々しい大きな病院ではなく、柿添病院のような200床以下の小さな病院であるという話を伺いました。7割以上を占めている、その中小病院において、経営やコストの面にも頭を悩ませながら、様々な患者を見なければならない現状は非常に大変なものと感じます。未来に目を向けてみると、本当にいつまで成立するかわからないというのが日本の医療の現状であり、早急に手をうつ必要性を痛感いたしました。
 平戸は緑豊かで、地方で育ち上京した自分にとって、初めて来た土地でありながらどこか懐かしく、心落ち着く土地でありました。食べ物も美味しく、特に病院で出してくれる料理は格別でした。また、一緒に働いてくださったスタッフ、指導医の方々も暖かく迎えてくださり、とても快適に過ごすことができた1ヶ月間でした。
 貴重な経験を生かし、これからまたより一層精進していこうと思います。
坂井壮一