櫛田 千晴 (東京大学医学部附属病院)
櫛田 千晴
東京大学医学部附属病院
平成30年3月1日~平成30年3月30日
(医療法人医理会 柿添病院)

 初めて平戸の港に降り立ったとき、私は不思議なことに懐かしさを感じました。港町として栄え、すぐそこに海があり、潮風の吹く地元福島県いわき市の景色と、平戸の市街地が重なったからでしょう。誰一人として知る人のいないこの街での1ヶ月はどんな毎日なのだろうと、不安を抱きながらバスに揺られ、平戸へ向かった私は、この景色を見てとても安心したことを覚えています。
 柿添病院は、平戸の中核病院であることから、集まる症例も実に多彩でした。1ヶ月の間に担当した症例は、心不全、胆管炎、悪性リンパ腫、膵癌の化学療法、子供の脱水症、脳梗塞、褥瘡、帯状疱疹、血管腫(全部挙げると多すぎるのでこの辺で終わります)... 研修終了に必要な、必ず経験しなければならない症例を、この1ヶ月で経験できるのではと感じるほど、本当に多彩な症例を経験させていただきました。また、もともとは外科や整形外科専門の先生もおられ、内科系疾患にとどまらず手術症例も経験させていただきました。特に、平戸に来て早々、再発性肝癌に対し肝部分切除を行った時は、地域の病院でもここまでできるのかという驚きが隠しきれませんでした。その患者さんは2週間後に、「お世話になったね」と言って無事に退院されました。平戸で生まれ育ったと話してくれたその患者さんは、病に侵されても平戸の病院で治療を受けることができて、とても幸せだろうと感じました。また柿添病院には療養病床もあり、中には年単位で入院されている方もいらっしゃいます。長年平戸で生活していたから、最期もここでと感じている患者さんや家族もおられ、この病院は本当に「何でも診る」、まさに地域に根付いた病院なのだなと感じました。
 2年間の研修では病棟業務が主でしたが、柿添病院では外来での診察や、健康診断の結果説明など、外来業務も経験しました。入院している患者さんと違い時間の制約があり、正常な中に異常が隠れているかもしれないと身が引き締まる思いで、医師としての責任感というものを改めて感じる時間でした。
 院外での研修では、通所リハや訪問診療、訪問リハなども経験させていただきました。体の状態が安定したからと退院になった患者さんが、実際は入院中のリハビリだけでは自宅での生活が困難で、退院後もリハビリを続けているというのが現状だということに気づき、いかに自分が退院後の患者さんの生活に目を向けられていなかったかということを痛感しました。また通院が困難な患者さんを医療に繋ぎ止めることができる訪問診療や訪問リハは、患者さんにとってとても有難いことだろうと感じる一方で、一つの診療所の守備範囲がとても広く、まだまだこれらの施設が十分ではないということも実感しました。
 院長先生と特別養護老人ホームに診察に出向いた時、こんな事を聞かれました。「医療者が自分の顔を見る時はどうしたらいいと思う?」と。「鏡を見れば良い? 違うんだよ。患者さんの顔を見ればいいんだよ。」と。自分が笑顔で患者さんに接していれば、患者さんも笑顔になる。逆に患者さんが不機嫌そうな表情をしていたら、自分もそういう表情をしているのだと。そう話す院長先生は、確かにいつも外来で患者さんと膝を向かい合わせて座り、患者さんの体に手を添えながら笑顔で話をされ、診察を受けた患者さんは安心した表情で帰っていかれたことを思い出しました。「手当て」という言葉の原点は、医療者のこうした姿にあるのだと感じた瞬間でした。忙しさの中でついおざなりになってしまいがちなことですが、これから何十年と医学の道を歩んでいく中で、どのような環境においても患者さんと真摯に向き合うという姿勢を忘れないようにしたいと感じました。
 1ヶ月間、研修医が自分一人という状況でしたが、先生方のみならず看護師さんを始めとするコメディカルの方々、事務の方々、患者さんやそのご家族と、本当にたくさんの方に気にかけていただき、寂しい思いをせずにあっという間の1ヶ月を過ごさせていただきました。1ヶ月間毎日美味しいご飯で私のお腹を満たしてくださった調理部の方々にも頭が下がります。柿添病院で学んだこと、平戸で出会った方々、同時期に地域医療で長崎に来ていた研修医の皆さんとの出会いに感謝申し上げ、研修報告としたいと思います。
櫛田千晴