青木 智乃紳 (東京大学医学部附属病院)
青木 智乃紳
東京大学医学部附属病院
平成30年7月2日~平成30年7月30日
(平戸市立生月病院)

~一次元から四次元に、生月病院で提供されていた次元拡張された医療~

  「医療とは医学の社会的実践である」とは、生月病院山下院長の好む言葉である。今回、生月病院での勤務を通じ、そのことを実感したと同時に、ここでの医療はこれまで自分が行ってきた医療の次元を拡張したものであると考えた。そして、今後、私はそのように拡張された医療を実践すべく、研鑽していきたいと志を新たにした。
 私は、大学病院で勤務しているが、その日の検査値や症状に一喜一憂し、せいぜい、入院後の経過について評価する程度で、その人の社会的背景や価値観に踏み込む余裕はあまりない。これは、一次元から二次元的な医療をしているといえる。
 生月病院においては、患者の家族構成やこれまでの生き方を把握して医療を実践されていると実感する場面が多くあった。小村先生は島民6000人の生月島の半分くらいは把握されているとの事であった。山下院長の診察では、「この人は、自分が仕事をして稼いだ金で兄弟を学校に行かせた」など、他人では中々知りえないストーリーを彩り豊かに語ってくれた。そのように本人の生き方や価値観を踏まえた医療が、生月病院では提供されていた。例えば、山下院長は、終末期の医療などに際してご本人の生き方を踏まえて患者や家族と対峙し、治療方針の決定にあたっているとの事であった。
 また、生月には今なお「かくれキリシタン」の信仰が残存すると同時に、キリスト教、仏教、神道などの各種宗教の信仰も盛んな、文化栄える島である。そのような特殊な宗教構造を有するに至った背景としての、平戸のポルトガル宣教師との交易の歴史は欠かすことのできないものである。江戸時代に鯨漁で繁栄を極めた地域ということも地域理解には極めて重要である。現在も、生月では漁業が盛んで、非常に豊かな地域である。このような背景を踏まえると、生月の人々のおおらかで、ゆとりのある人柄も大いに納得できる。そして、地域の特性は個々の人の生き方につながる。例えば、患者が「海とともに生活を続けたい」といった際に、患者にとっての「海」の文脈は地域の特性を知らなければ見えてこないものがある。その方が漁師でしか味わうことのできない海鮮を味わうことを生きがいとしていたのであれば、副作用として味覚に影響の出る薬剤には細心の注意を払うべきだし、患者に対して十分な説明が必要となる。地域を理解することにより、患者の大切にしている価値観が理解でき、それを尊重するような治療を選択できるようになるのではないだろうか。
 期間中は、老人ホームやデイケア施設に回診に行ったり、訪問診療をしたり、五歳児健診の実施や、学校保健委員会に出席するなど、病院外での活動の機会も多くあった。そのような取り組みの中で、地域の実情を知り、医療者としてできることを考えるという体験はとても有意義であった。特に学校保健委員会においては、「メディアコントロール」という、学童と多種のメディアとのかかわり方が問題となっており、現在の学童の生活を想像しながら保護者や先生方と議論するという体験はとても貴重であった。これらを通じて、医療をより深く、様々な角度から見ることが出来るようになったと思う。
 私たちは医療者であり、症状、検査値や変動について把握し、適切な診療を行っていくことは当然である。今後は、それだけにとどまらず、その人の人生の背景や価値観を意識し、またその背後にある歴史的背景にも注意を払いながら医療を実践していきたいと思う。これは地域医療にとどまらず、都会においても実践すべきである。現在、患者の生き方や価値観は多様になっていると同時に、治療の選択肢も複数あることが多い。治療方針が複数ある場合、個別患者に対して絶対的に優位な治療はもちろんありえるが、患者の価値観により選ぶべき場合も多くある。医療の「価値」とは常に患者を主体として存在するものである。私は、その「価値」について考え続け、真に患者のための医療を実践していきたい。
 最後に、この研修でお世話になったすべての方々に厚く御礼を申し上げたい。
青木智乃紳